ワーキングプー太郎

働く貧困層のリアルとそれほど悲観していないその本人

真面目な話

元新聞奨学生の昔話

2017/01/11

あの無謀さは何だったのか

よく考えたら今年もあと3ヶ月を切っているんですね。こんばんは。じやです。
前回の記事(新聞配達をしている学生のイメージ)で書いた通り、専門学校には新聞奨学生として通っていたのですが、このちょっとだけ人と違う経験も知らない人にとってはおもしろいかなと思ったので今日はその頃の話を。

新聞屋さんのお仕事

高校3年の3月、卒業式から半月ほどで上京してきました。新宿区のとある新聞販売店の寮です。
新聞配達員の朝は早いです。早朝とすら呼べない深夜2時には起床です。
印刷所から届いた新聞にチラシ等を折り込み、各家庭に配達、朝食を食べ、仮眠を取るのは大体朝7時くらいになっていたと思います。
お昼の2時頃からはまた夕刊の配達、月末が近づくとその後に集金や拡張(契約更新のお願い等、外回りの営業)の業務があり、

実家にいた頃と生活のリズムが全然違ってくるので初めの頃は地獄でした。

プラス学業

そんな生活にもようやく少し慣れた頃、学校が始まります。地獄の本番です。
一番忙しい月末の山場をピックアップすると朝刊→仮眠→学校→夕刊→集金という生活になり、朝刊後の仮眠で爆睡してしまい学校を休むこともしばしばありました。

すべて自分の意志の弱さが原因なのですが、「新聞奨学生として進学する」と決めた時点でワーキングプアへの道のりは始まっていたのかもしれません。

これは別に何も社会や制度への批判や問題提起ではなく、ただ「よく考えること、調べること」が本当に大切なんだなと今になって思うのです。

「学費」以外の問題、「勉強に集中できる環境」、「就活に割ける時間の量」など、2年間の学費よりも「それ以降の長い人生のこと」を熟慮して行動を選択すべきだったなと。
わかってます。すべて悪いのは自分です。

まあ、これからですね。

新聞奨学生をやって、得えたものもたくさんありました。この頃同じ販売店で奨学生として働いていた同期の仲間とは卒業して11年経った今でも友達です。これほど深い仲になれる人とこの先出会う機会はもうないと思います。
自分の場合これだけでも奨学生をやってよかったと思えているのが救いです。
なんだかんだトータルで「あの時新聞奨学生という選択肢を選んでよかった」と、今では思っています。

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